後悔しないための選択。現場を襲う「PDFの罠」と普及の壁
1. 「PDFなら安心」という油断が招く、実務の落とし穴
前回は、PDF/Aが「100年後の再現性」を保証するためのタイムカプセルであることを解説しました。しかし、多くの現場では依然として「通常のPDF」が使われています。その「ほんの少しの油断」が、数年後にどれほど大きな代償となって返ってくるのか。
今回は、実際に起こり得る、あるいは既に起きている戦慄の失敗エピソードから、PDF/Aの真の価値を紐解いていきます。
2. 業界別「PDF失敗談」:その時、現場で何が起きたか
【金融業界】パスワード紛失による「データの死」
ある金融機関では、セキュリティ保護のために全ての非定型契約書にパスワードをかけて保存していました。10年後、重大な訴訟案件が発生し、証拠としてその文書が必要になった際、衝撃の事実が発覚します。設定されていたパスワードの命名ルールが変更されており、当時の担当者はすでに退職。誰もファイルを開くことができなくなっていたのです。 高度な暗号化は、時として「未来の自分たち」をも締め出す刃となります。ですのでファイル自体に鍵をかけるのではなく、保管するシステム側(サーバや書庫システム)でアクセス権限を管理する方法により切り替えることで、このリスクを回避することができます。これによりPDF/Aの暗号化を制限し、「アクセスのしやすさ」を維持することができます。
【建設業界】消えた「1ミリの線」と「注釈」の怪
大規模改修工事にあたり、竣工当時の設計図面PDFを参照した建設会社での話です。いざ画面で開くと、以前は見えていたはずの細い線が消えていたり、当時の担当者がPDF上に書き込んだはずの「修正指示(注釈)」が表示されなかったりするトラブルが発生しました。 原因は、通常のPDFで「外部参照」にしていたパーツがリンク切れを起こしていたことと、独自の注釈機能が最新のビューワーと互換性を失っていたことでした。図面の不備は工期の遅れに直結し、数千万円の損害を生む火種となりました。
【医療業界】消えた「判定基準」の色
ある病院で、過去の検査データをグラフ化したPDFを長期保存していました。数年後、経過観察のためにそのデータを呼び出すと、以前は見えていた「異常値を示す赤いハイライト」が、現在のモニターの特性によって全く違う色味で表示されてしまったり、判別不能なほど色がくすんでしまったりしました。 色の管理情報(カラープロファイル)が埋め込まれていない通常のPDFだったため、表示する機器(モニターやプリンタ)に依存して色が勝手に変化してしまったのです。医療において「色の見え方」の違いは、診断の誤りを招く致命的なリスクとなります。
3. なぜこれほど優れたPDF/Aが「当たり前」ではないのか
これほどのリスクがあるにもかかわらず、なぜ世の中のPDFの多くは通常形式なのでしょうか。そこには現実的な「3つの壁」が存在します。
- 「重さ」と「手間」: 全データをファイルに詰め込むため、ファイルサイズは通常より数
割増大し、保存にもわずかな時間がかかります。 - 「編集」の制限: PDF/Aは保存を目的としているため、後から注釈を入れたり、ページ
を入れ替えたりといった加工がしにくい仕様になっています。 - 「短期的視点」: 多くのビジネス文書は、数ヶ月後のことすら考えずに作成されます。
データの長期的な利活用(AI解析など)への意識不足により、「今、パッと送れる軽さ」
が優先されているのが実状です。
4. 賢い使い分け:情報の「賞味期限」で見極める
私たちは、すべての書類をPDF/Aにする必要はありません。大切なのは、情報の「賞味期限」と「重要度」に応じた使い分けです。
- 通常のPDFで良いもの(共有用): 社内会議のレジュメ、一時的な事務連絡、配布してすぐに捨てられるチラシ。
- PDF/Aにすべきもの(記録用): 法的書類・契約書など 数十年後に証拠能力が必要となるもの。知的財産・図面など 組織の資産として永続的に残すべきもの。電子帳簿保存法対応で必要となる帳簿や領収書など、法定保存期間が定められている書類。
5. まとめ:保存ボタンは「未来への約束」
デジタル時代において、情報は「作った」だけでは不十分です。「残し、伝え続けること」ができて初めて、その情報は価値を持ちます。
PDF/Aを選ぶということは、数十年後の後任者、あるいは未来の自分に対して、「この情報は確実に届けます」という約束を交わすことに他なりません。あなたが今日保存するその一通のPDF。それは、10年後のモニターでも正しく輝いているでしょうか。 情報の「未来」を左右する選択権は、今、あなたのマウスを握る手にあります。
【保存版】今日からできる!PDF/A作成ガイド

PDF/Aを作成するために特別な有料ソフトを新しく導入する必要はありません。普段使っているツールで、保存時の設定を少し変えるだけで作成可能です 。
Microsoft Word / Excel (Windows デスクトップ版)から作成する場合、Windowsユーザーにとって最も簡単で、フォントの埋め込みなども自動的に行われる方法です。
- 「ファイル」 タブをクリックし、 「名前を付けて保存」を選択します 。
- 保存場所を選び、「ファイルの種類」で「PDF (*.pdf)」を選択します 。
- 表示された「オプション…」ボタンをクリックします 。
- 「PDF設定」の項目にある「PDF/A 準拠」にチェックを入れます 。
- 「OK」を押し、そのまま「保存」をクリックすれば完了です 。
正しく作成できたか確認する方法
「本当にPDF/Aで保存できているか」は、無料の Adobe Acrobat Reader で確認できます 。
・青いバーの表示: ファイルを開いた際、画面上部に「このファイルは PDF/A 規格に準拠した形式で表示されています。変更はできません。」という青い通知バーが表示されれば正解です 。
・プロパティを確認: 「ファイル」>「プロパティ」を開き、「概要」タブの「詳細情報」に「PDF/A」とい
う記載があるかでも確認可能です 。
