人事・労務部門において、電子契約システムやクラウド型労務管理ツールの普及に伴い、ペーパーレス化(デジタル化)に取り組む企業が増えています。しかし、これから発生する手続きをデジタル化できる一方で、「過去に紙で交わした大量の雇用契約書」や「入社時に提出された紙の書類」が社内のキャビネットにそのまま残っており、管理の手間やセキュリティ面に不安を抱えているケースも少なくありません。
本記事では、個人情報や機密情報を多く含む人事・労務書類の電子化を進めるにあたり、どのような視点で整理し、運用方針を決めていけばよいのか、その「考え方」と「判断軸」を解説します。
なぜ人事・労務書類の電子化は慎重さが求められるのか?
一般の営業書類や社内広報物と異なり、人事・労務書類には特有の難しさがあります。
- 高い機密性(個人情報の保護):マイナンバーや給与情報、健康診断結果など、漏洩が許されない情報が多く含まれる
- 紙とデジタルの二重管理:新規入社者はクラウドで手続きをしつつ、既存社員の過去書類は紙のまま残るという混在状態が生じやすい
- 繁忙期の集中:新卒・中途採用が集中する春先などに、書類の処理作業が一時的に膨れ上がる
「紙を無くせば業務が効率化する」という理由だけで見切り発車してしまうと、アクセス権限の設定が不十分でセキュリティ事故につながったり、かえって書類を探す手間が増えたりすることがあります。まずは書類の特性を理解し、安全性を最優先した計画を立てることが重要です。
方針を決めるための「3つの判断軸」
自社に合った管理方法を決めるためには、社内にある労務書類を以下の3つの軸で分類・整理することをおすすめします。
①「保存期間と法定要件」で分ける
労務関連の書類は、労働基準法や各種法令により保存期間が定められています(労働者名簿、雇入に関する書類、賃金台帳などは原則5年[当分の間は3年〜5年の経過措置あり]など)。
- 保存期間中の書類:監査対応や退職後のトラブル防止のため、即座に確認できる状態にしておく必要があります。
- 保存期間が過ぎた書類:個人情報保護の観点から、社内規程に沿って速やかに安全な方法で廃棄を検討すべき対象です。
②「閲覧頻度と対象者」で分ける
- 頻繁に参照・更新する書類:労働条件の変更や評価に関わる書類など、日常的に人事担当者が確認するものは、データ化して迅速に検索・閲覧できるようにするメリットが大きくなります。
- 滅多に参照しない書類:入社時の提出書類(住民票の控や誓約書など)で、退職時まで基本的に見返さないものは、高精細なデータ化やタグ付けの優先度を低く設定しても問題ありません。
③「セキュリティレベル(アクセス制限)」で分ける
書類ごとに「誰が閲覧してよいか」のレベルを明確にします。
- 全人事担当者が閲覧可能なもの
- 特定の役職者・担当者のみ閲覧可能なもの(役員契約書、健康情報など)
電子化を行う場合は、ファイル単位やフォルダ単位でアクセス権限を柔軟に設定できる環境が必要になります。
自社に合った「整理・運用手順」の選び方
上記の判断軸をもとに、自社のリソースや予算に合わせて具体的な手段を組み合わせていきます。手段は一つに絞る必要はなく、書類の性質に応じた使い分けが有効です。
◆手順A:新規発生する書類(フロー書類)の対応
これから入社する社員の書類については、「クラウド型の労務管理システムや電子契約ツールを導入する」ことで、最初から紙を出さない運用へ切り替えるのがスムーズです。ペーパーレス化の第一歩として、まずは「これ以上紙を増やさない仕組み」を作ることが推奨されます。
◆手順B:過去に溜まった紙書類(ストック書類)の対応
キャビネットに残る過去の紙書類については、状況に応じて以下のような選択肢から検討します。
- 社内でのスキャンとフォルダ管理:件数が少なく、人手に余裕がある場合は、自社のドキュメントスキャナーでPDF化し、アクセス制限をかけた社内サーバーで管理するのが、追加の外部委託費用がかからず初期費用を抑えやすい方法です。
- スキャン代行や外部文書管理の活用:過去何年分もの大量の書類があり、自社社員でスキャンや命名作業を行う時間が取れない場合や、個人情報の取り扱いに厳しい基準を設けたい場合に有効な選択肢となります。
- 施錠できる外部倉庫での「紙のまま安全保管」:閲覧頻度が極めて低く、データ化するコストをかけたくない場合は、電子化せず「セキュリティが担保された外部倉庫」へ預け、保存期間が過ぎたら溶解処理(廃棄)するという方法も合理的です。
失敗しないための「アクセス権限とルール作り」
人事書類の電子化において、最も配慮すべきは「データ化した後の運用ルール」です。
- 命名規則の統一:[社員番号]_[氏名]_[書類種別].pdf のように統一し、検索性を確保する
- 閲覧権限の厳格化:サーバーやクラウド上のフォルダに対して、担当部署以外のアクセスを遮断する
- ログの管理:「誰が・いつ・どのファイルを開いたか」の閲覧履歴が残る仕組みを整える
どれだけ綺麗にデータ化しても、誰でもアクセスできる状態になってしまっては本末転倒です。作業手順を決める前に、セキュリティポリシーを明確にしておくことが成功の鍵となります。
まとめ
人事・労務書類のペーパーレス化は、単なる作業の効率化だけでなく、企業のガバナンスや個人情報保護の観点からも極めて重要な取り組みです。
「すべてを今すぐ電子化する」と焦る必要はありません。まずは社内にある書類の棚卸しを行い、法定保存期間の確認とセキュリティレベルの分類から始めてみてはいかがでしょうか。自社の体制に合った最適な方法を段階的に選んでいくことが、安全で持続可能なペーパーレス化への近道となります。
