働き方改革や人事DXの推進に伴い、多くの企業で「雇用契約書の電子化」が検討・実施されています。これからは新入社員に書類を郵送する手間が軽減され、オンライン上で締結を完結できるようになるため、人事労務部門にとっては大きな業務効率化に繋がるケースが多いといえます。
しかし、新しい電子契約システムを導入した直後、人事労務の現場では予期せぬ運用上の課題に直面し、対応に苦慮するケースが散見されます。それは、「これから入社する人の契約書はデータ化されたものの、すでに在籍している既存社員の『過去の紙の雇用契約書』が、手付かずのままキャビネットに残ってしまう」という状況です。
本コラムでは、雇用契約書の電子化において多くの企業が直面しやすい「二重管理の課題」を紐解き、過去の紙書類(ストック)を実務の負担を抑えて整理し、効果的なペーパーレス化を達成するためのアプローチについて解説します。
【結論】「これからの契約」だけを電子化しても、人事の負担は軽減しにくい側面がある
結論から申し上げますと、雇用契約書の電子化を本当の意味で定着させるためには、新しいシステムを導入して「未来の契約(フロー)」をデータ化するだけでは不十分となるケースがあります。
実務上の観点からは、キャビネットに保管されている「過去の紙の契約書類(ストック)」についても電子化を検討し、新しいシステムやデータベースの中に統合して『一元管理できる状態』を目指すことが望ましいと考えられます。
新規の契約分のみの電子化にとどまった場合、過去の紙書類がそのままオフィスに残り続けることになり、結果として人事労務の現場に「デジタルとアナログの混在」という、業務の複雑化や非効率を招く一因となる可能性が懸念されます。
【理由】なぜ「過去の紙契約書」が実務の負担となる傾向があるのか?
では、なぜ過去の紙の雇用契約書をそのまま残しておくことが、実務の負担となりやすいのでしょうか。それには、人事労務特有の「法的制約」と「運用の煩雑化」という2つの背景が関係していると考えられます。
- 理由①:労働基準法による「退職後5年間」の保管義務
過去の契約書は参照する頻度が低いからといって、すぐに廃棄することは法律上認められていません。雇用契約書や労働条件通知書などは、労働基準法第109条により、「労働者の退職や死亡の後、5年間(当面の間は3年間)」の保管義務が定められています。
そのため、現在在籍している社員だけでなく、すでに退職した社員の書類であっても、一定期間は確実にオフィスや外部倉庫に保管し続けなければならないという制約があります。
- 理由②:検索の手間が増加する「二重管理の非効率」
これが運用開始後に現場で生じやすい盲点です。一部の書類だけを電子化してしまうと、従業員の労働条件や過去の特記事項を確認する際、担当者の頭の中に「この社員は、システム導入前に入社した人だろうか、それとも導入後だろうか」という確認のステップが発生しやすくなります。
「導入後であればPCの画面で検索」「導入前であればキャビネットのキングファイルを探しに行く」という2つの検索ルートを使い分ける必要が生じるため、結果として紙のみで管理していた時代よりも確認作業の手間が増えてしまう可能性が考えられます。
【図表】「二重管理」の課題と、一元化による理想の運用モデル
一部のみを電子化した場合の懸念点と、過去の書類まで電子化(ストックの解消)を行って一元管理へ移行した場合の実務の違いを以下にまとめました。
【表:雇用契約書の電子化における運用フェーズの比較】
| 運用フェーズ | 契約書類の保管場所 | 人事担当者の検索手順 | 発生し得るリスクと課題 |
| ① 完全アナログ期 | すべてキャビネット(紙保管) | キングファイルから目視で探す | 物理的な保管スペースの圧迫、紛失のリスク |
| ② システム導入直後 【二重管理の段階】 | 新規はクラウド(データ) 既存はキャビネット(紙) | PC画面とキャビネットの両方を確認するため、手順が煩雑になる傾向がある | 書類の所在が曖昧になることによる現場の混乱、業務効率の低下の恐れ |
| ③ ストック電子化完了 【一元管理の運用】 | すべてデジタルデータ | PCの検索窓に「社員名」を入力することで比較的容易に確認可能 | 過去の紙書類を安全に処分でき、オフィスの省スペース化につながる可能性 |
表の通り、②の「二重管理による非効率」を早期に解消し、③の「一元管理」へと移行することを目指すことが、人事部門のペーパーレス化における一つの指標となると考えられます。
解決へのアプローチ:社内でのスキャン作業のリスクと、専門会社の活用
過去の雇用契約書を電子化するにあたり、慎重に判断すべきポイントがあります。それは「人事担当者自身が通常業務の合間にスキャンを行おうとすること」です。
雇用契約書は、ホチキスで留められていたり、書類のサイズが不統一であったりするだけでなく、給与情報や個人情報などの「極めて機密性の高い情報」が含まれています。通常業務で多忙な人事部門が、セキュリティに十分な配慮をしながら社内で大量のスキャン作業を行うのは、リソースの観点からも負担が大きくなりやすいと考えられます。
このような場合、「確実な情報セキュリティ体制を持つ専門業者に、電子化を委託すること」も有効な選択肢の一つです。
ホチキスの取り外しからスキャン、そして「社員番号・氏名・入社日」といった検索に必要なインデックス(データラベル)の付与までを包括的に行ってくれる外部サービスを利用すれば、担当者の実務負担を抑えつつ、速やかに一元管理の環境を整えられる可能性が高まります。
【結論】システム導入の稟議には「過去分の電子化」をセットで検討する
雇用契約書の電子化プロジェクトにおいて配慮したいのは、未来の効率的な仕組みづくりと同時に、過去から積み上がった紙書類の整理を並行して行う視点です。
もし、これから電子契約システムの導入稟議(りんぎ)を作成するのであれば、システムの利用料だけを申請するのではなく、「システム導入の効果をより高めるため、既存の紙の契約書を一括電子化するための初期費用」をセットにして予算を検討することをおすすめします。
過去の紙書類の電子化は、一度実施すれば基本的には完了する取り組みです。事前の割り切った外注の活用を視野に入れることこそが、二重管理による非効率から人事部門を解放し、真の意味でのスマートな組織管理を実現するための一つの有効なアプローチと考えられます。
